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大阪高等裁判所 昭和45年(ネ)135号 判決

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

被控訴人は控訴人に対し金五六〇万八二一二円およびこれに対する昭和四五年二月七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。

この判決は第三項に限り仮に執行することができる。

事実

一  控訴代理人は主文第一ないし第四項と同旨の判決および第三項について仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は「本件控訴ならびに控訴人の当審における請求を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二  控訴人の主張は、次のとおり付加補正するほか原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決二枚目表一二行目に「その余の原告の主張事実は否認する。」とあるのを「請求原因二、三項の事実は否認する。」と訂正し、答弁の二を削除する(主張撤回)。

2  仮に、被控訴人主張の貸金債権(以下本件債権という。)が存在するとしても、右は控訴人がその業務執行のために必要な資金として借入れたものであつて、商行為によつて生じたものであるから、五年間これを行使しなかつたことにより消滅時効が完成したものというべく、したがつて、本件債権の弁済期である昭和三二年六月一日(控訴人が五月三〇日と主張するのは誤記と認める。)から五年の経過をもつて消滅したから、控訴人は昭和四五年四月一五日の本件口頭弁論において右時効を援用した。

3  (被控訴人の三の2、3、4の各主張に対し)控訴人が被控訴人主張の日にその主張の公正証書(以下本件公正証書という。)の執行力ある正本に基づき差押を受けたこと、控訴人が本件債権の存在を否定し、本件公正証書の作成を嘱託した事実がないことを理由に請求異議訴訟を提起したのに対し、被控訴人がこれに応訴し、その主張の頃に請求棄却の判決を求めると共に、本件債権の存在および本件公正証書が有効であることを主張したこと、右請求異議訴訟の一審において被控訴人が敗訴し、控訴審においても控訴棄却となつたことは認めるが、それらの事由により時効中断の効力を生じたとの主張は争う。

右請求異議訴訟の判決において、本件公正証書は控訴人に対しその効力を及ぼさないと判断され、該判決が確定したので、右差押は控訴人の申立に基づき取消された。したがつて、民法一五四条により差押による時効中断の効力を生じない。

また、請求異議訴訟に応訴しただけでは時効中断の効力を生ぜず、債権の存在を主張して請求棄却の判決を求め債権者(請求異議訴訟の被告)勝訴の判決(請求棄却)が確定することを要すると解すべきところ、右請求異議訴訟は本件公正証書作成手続に瑕疵があつたことを理由とする原告(本件控訴人)勝訴の判決が確定したものであつて、本件債権の存否については何等判断が示されていないのであるから、時効中断の効力を生じない。

なお、控訴人は右請求異議訴訟および本訴において終始本件債権の存在を否定していたものであつて、これを承認した事実はない。

4  被控訴人は、原判決の仮執行により、昭和四五年二月六日控訴人から金五六〇万八二一二円を取立てた。

5  よつて、控訴人は、本件控訴により原判決の取消を求めると共に、民事訴訟法一九八条二項に基づき右金員の返還およびこれに対する昭和四五年二月七日から完済まで年五分の割合による損害金の支払を求める。

三  被控訴人の主張は、次のとおり付加補正するほか原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決一枚目裏一〇行目に「協同信用組合である」とあるのを「信用協同組合である」と訂正する。

2  被控訴人は、大阪法務局所属公証人西村初三作成債務承認並にその履行に関する契約公正証書(本件公正証書)の執行力ある正本に基づき、昭和三二年六月一二日控訴人所有の動産を差押えた。したがつて、同日をもつて消滅時効は中断した。

3  控訴人は右差押に関して請求異議訴訟を提起して(大阪地裁昭和三二年(ワ)第二五四八号)、本件債権の存在を否定し、本件公正証書の作成を嘱託した事実がないと主張したのに対し、被控訴人は、昭和三二年一二月一九日頃の口頭弁論期日における同日付答弁書の陳述をもつて請求棄却の判決を求めると共に、本件債権の存在および本件公正証書が有効であることを主張した。右請求異議訴訟は一審において被控訴人が敗訴し、控訴審(大阪高裁昭和三八年(ネ)第九六五号)においても昭和四〇年七月三〇日控訴棄却の判決が云渡されたが、右請求異議訴訟に応訴したことによつて時効中断の効力を生ずるから、右昭和三二年一二月一九日頃をもつて右時効は中断した。

4  控訴人は、本件訴訟が提起された昭和四〇年八月二〇日前後、あるいは右請求異議訴訟の係属中本件債権を否認したことはなく、終始債務を承認していたものであるから、これによつて右時効は消滅した。

5  (控訴人の二の4の主張に対し)被控訴人が控訴人主張の頃原判決の仮執行により、その主張の金額を取立てたことは認める。

四  当事者双方の証拠関係は、次のとおり付加するほか原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

控訴代理人は、乙第一五号証の一、二、三、第一六号証、第一七号証の一、二を提出し、当審における控訴人代表者本人尋問の結果を援用した。

被控訴代理人は、右乙号各証はいずれも成立を認めると述べた。

理由

一  控訴人が中小企業等協同組合法による信用協同組合であることは当事者間に争いなく、成立に争いのない甲第三号証、第四号証の一、二、第五、第六号証によれば、被控訴人は、金融および倉庫業を営む者であるが、控訴人(控訴人は昭和三二年四月頃は神農信用組合と称していた。)に対し、昭和三二年三月末日頃および同年四月五日頃の二回にわたり合計金一七〇万円を、弁済期同年六日一日、利息日歩四銭一厘、元金弁済と同時に支払う、遅延損害金日歩八銭二厘との約定で貸付けたが、控訴人は右元金および弁済期後の遅延損害金の支払をしていないことが認められる。

控訴人は、本件公正証書(甲第三号証)には、控訴人が被控訴人から金借したかのように記載されているが、これはその頃控訴人の代表理事をしていた訴外北山末吉が控訴人の名義を不法に利用してその作成を嘱託したものであつて、控訴人は被控訴人から金借した事実はないと主張するが、右主張にそう乙第一四号証の記載および当審における控訴人代表者本人尋問の結果は、前記各証拠と対比してたやすく信用できず、他に右主張を認めるに足る証拠はない。

二  そこで、控訴人の本件訴訟が訴訟の乱用であるとの主張について判断する。

控訴人が本件公正証書の執行力の排除を求めるため請求異議の訴を提起したこと、右訴訟の一審において被控訴人が敗訴し、控訴審においても控訴棄却の判決があつたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第三号証によれば、右判決は確定したことが明らかである。そして、成立に争いのない乙第一、第二号証によれば、右判決の理由とするところは、昭和三二年五月二二日の本件公正証書作成当時における控訴人代表者はすでに北山末吉(辞任した)から〓野清八に変更され、その旨の登記がなされているのに、本件公正証書は、右北山末吉を控訴人の代表者とし、その代理人北山広次によつて作成の嘱託がなされているから、控訴人にその効果を及ぼすことができないというのであつて、右公正証書自体の控訴人に対する執行力の排除に関するものであるにすぎない。したがつて、これによつて実体的な本件の貸借関係までも直ちに左右するものではないから、他に主張、立証のない本件にあつては本件貸金請求をする本件訴訟をもつて訴訟の乱用であるということはできない。

三  次に消滅時効の主張について判断する。

前掲甲第四号証の一、第五号証、第六号証によれば、控訴人は金融業務執行のために必要な資金として前記金一七〇万円を借受けたものであることが明らかであるから、本件債権は商行為によつて生じたものというべく、したがつて、五年間これを行使しないことにより消滅時効が完成するところ、叙上認定のとおり、本件債権の弁済期は昭和三二年六月一日であるから、その日から五年の経過により消滅するものというべきである。

四  さらに時効中断の主張について判断する。

1  被控訴人が本件公正証書の執行力ある正本に基づき昭和三二年六月一二日控訴人所有の動産に対して差押をしたことは当事者間に争いがない。しかしながら、成立に争いのない乙第一、第二、第三、第一六号証によれば、右異議訴訟の判決において、本件公正証書は叙上認定のような理由で控訴人に効力を及ぼさないと判断され、該判決が確定したため、右差押はその後取消されたことが明らかであるから、差押による時効中断の効力を生じないというべきである。

2  控訴人が前記差押について請求異議の訴を提起し、本件債権の存在および本件公正証書の作成を嘱託した事実をいずれも否定したものに対し、被控訴人が昭和三二年一二月一九日頃の口頭弁論期日における同日付答弁書の陳述をもつて、請求棄却の判決を求めると共に本件債権の存在および本件公正証書が有効であることを主張したこと、右訴訟の一審において被控訴人が敗訴し、控訴審においても控訴棄却の判決があつたことは当事者間に争いなく、前掲乙第一、第二号証によれば、右判決の理由とするところは、叙上認定のとおりであつて、本件債権の存否について判断したものではないことが明らかである。

および裁判上の請求が時効中断の事由とされるのは、訴訟において権利者が自己の権利を主張すると共に、その権利の帰属が裁判において明確にされる点にあるのであつて、債務名義の基礎となつた債権の不存在を主張する請求異議訴訟において、債権者が債権の存在を主張し、右主張が認められて勝訴(請求棄却)した場合は、裁判上の請求に準ずるものとして時効中断を肯定すべきものと解すべきところ、本件は、叙上認定のとおり、被控訴人は控訴人の提起した請求異議訴訟に対し本件債権の存在を主張して応訴したが、叙上のような理由で敗訴したものであるから、時効中断の効力を生じないといわなければならない。したがつて、この点に関する主張も理由がない。

3  被控訴人はまた、控訴人は本件債務を承認したと主張するけれども、叙上認定のとおり、控訴人は請求異議訴訟および本訴において終始本件債権の存在を争つていたものであつて、明示的には勿論、黙示的にも被控訴人に対し本件債務を承認したものとは認められないから、この点の主張もまた採用できない。

五  以上のとおりであつて、本件債務は昭和三七年六月一日の経過によつて時効消滅したものである。したがつて、本件債権の履行を求める被控訴人の本訴請求は理由がなく、これを認容した原判決は失当であつて、本件控訴は理由があるから原判決を取消し、被控訴人の請求を棄却し、仮執行に基づく給付の返還および損害金の請求は理由があるから認容することとして、民事訴訟法三八六条、八九条、九六条、一九八条二項、一九六条を適用して主文のとおり判決する。

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